大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(ネ)158号 判決

控訴人 山県千秋 外五名

被控訴人 株式会社羊屋 外一名

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は控訴人(反訴原告)山県千秋のため、原判決を取り消す、被控訴人株式会社羊屋の請求を棄却する、被控訴人(反訴被告)株式会社羊屋との間に東京都千代田区神田神保町一丁目一番地所在木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗一棟及び附属二階建建物一棟につき控訴人(反訴原告)山県千秋が転借権を有することを確認する、被控訴人(反訴被告引受参加人)有限会社文洋堂は控訴人(反訴原告)山県千秋に対し右家屋のうち一階二十七坪を明渡すべし、訴訟費用は本訴及び反訴とも第一、二審を通じ被控訴人らの負担とするとの判決を、その余の控訴人らのため、原判決を取り消す、被控訴人株式会社羊屋の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とするとの判決を各求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は控訴人ら代理人において(一)控訴人山県と訴外浅野国助との共同経営には左の約定があつた、(イ)控訴人山県においても従業員を出すこと、(ロ)共同経営の期間は営業開始の時より六ケ月とし期限後更新するかどうかはその際に協議すること、(ハ)いつでも契約を解除し得るようあらかじめ浅野名義の廃業届を浅野から控訴人山県に交付しておくこと、すなわち控訴人山県が浅野に対し右一階の利用関係を設定するに当つて浅野の利用関係を控訴人山県の一方的意思の支配下におき、控訴人山県においていつでもこれを解除し消滅せしめ得る万全の措置がとられていた、したがつて右共同経営にもとずいて右一階の利用関係が浅野に従属したのは控訴人山県の占有権限の範囲内においてであり、控訴人山県は自己の占有権限の範囲内において右一階を浅野に利用させたに過ぎず、自己と対等の立場において別個独立に利用関係を設定したものではないから、これをもつて民法第六百十二条第二項による解除原因とはなし得ない、(二)控訴人山県と訴外浅野との共同経営にもとずく本件家屋一階の利用関係の設定については訴外合資会社トラヤ帽子店(以下トラヤという)の承諾があつた、すなわち控訴人山県は昭和二十一年一月二十一日から浅野と喫茶店の共同経営を開始したのであるがトラヤの代表社員八橋康平は同年一月中控訴人山県を頼つて疎開先より上京して来たので控訴人山県は同人を本件家屋の附属建物に居住させるとともに右浅野との共同経営につき八橋から承諾を得たものである、右八橋は同年八月ごろ浅草雷門に店舗を設けるとともに移転し右附属建物にはトラヤの支配人谷口金二が引続き居住し、以来谷口は控訴人山県が浅野とともに喫茶店の共同経営をしていることを知悉しながら控訴人山県から本件家屋の賃料を取立て昭和二十二年九月、昭和二十三年十月及び昭和二十四年六月の三回にわたり賃料値上を要求して来たのであつて、その間かつて右共同経営についてなんらの異議の申入もなく暗黙に承諾していたものである、被控訴人株式会社羊屋がその主張の日時本件建物を旧所有者守田元吉から買受け所有権を取得したことは認めると述べ〈立証省略〉、被控訴人ら代理人において控訴人ら主張の右(一)の事実は否認する、(二)の主張は時機に後れた防禦方法であるから却下を求める、その事実は否認する、被控訴人株式会社羊屋は本件建物を昭和二十五年六月一日所有者守田元吉から買受けて所有権を取得したものである、被控訴人株式会社とトラヤとの賃貸借合意解除は昭和二十八年六月一日の原審口頭弁論期日にこれを陳述しこれによつて控訴人らには通知ずみであると述べた〈立証省略〉ほか、すべて原判決の事実らんに記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は後記のとおり附加するほか原判決の理由と同一の理由により被控訴人株式会社羊屋の本訴請求を正当として認容すべく、控訴人(反訴原告)山県千秋の反訴請求は理由のないものとして棄却すべきものと判断するから、原判決の理由を引用する。

控訴人らは控訴人山県千秋と訴外浅野国助との本件家屋一階についての共同経営にはその主張の(イ)ないし(ハ)のような特約があつて結局右浅野の右一階の利用関係は控訴人山県の占有範囲内に属し別個独立のものではないから、これをもつて民法第六百十二条第二項による解除原因とはなし得ないと主張する。原本の存在とその成立に争ない乙第二十五号証の記載及び当審における証人浜田秋良の証言とによれば右共同経営にあたつて当初控訴人山県主張の前記(イ)ないし(ハ)のような話合のあつたことはこれをうかがい得るけれども、当審における証人浅野国助の証言によればこれらの事項はむしろ右一階の利用関係が転貸借とみられることをさけようとする目的に出たもので、その話合事項はその後書面に作成されることもなく、期間の点についても浅野は当然三ケ年位の存続を主張していたし、浅野名義の廃業届があらかじめ控訴人山県に差入れられたこともなかつたことを認めることができる。もつと成立に争ない乙第十二号証、右乙第二十五号証によれば控訴人山県と浅野との間には間もなく争が生じ、そのために控訴人山県は浅野を告訴し、また浅野をして右一階を明渡させるため訴を提起したことが明らかであるが、むしろそのこと自体右一階の利用関係がもつぱら控訴人山県の占有範囲内のもので同人の自由に支配し得たものであるという関係ではなかつたことを裏書するものであり、とうてい賃借人の意思に拘りなく第三者がこれを不法に占拠した場合と同一に論ずることを得ないものである。すなわち、控訴人山県が浅野をしてその名義でかつ運営面を担当せしめて喫茶店業を経営せしめ、もつて本件家屋一階を使用せしめたことはこれを否定し得ないものといわなければならない。この点の控訴人らの主張は失当である。

次に控訴人らは右共同経営について賃貸人たるトラヤの承諾があつたと主張する。右の主張が時機におくれたものでしかもそれが控訴人らの少くとも重大な過失にもとずくものというべきことは本件訴訟の経過にてらして明らかであるが、当審において右主張のなされたときはまだ他の点について証拠調の必要があつたときであり、この事実立証のためにのみとくに事件の完結が遅延するという関係にはなかつたことが明らかであるから、右主張自体はこれを許すべきものであり、この点の被控訴人らの申立は理由がない。しかし当時右トラヤの代表社員八橋康平が右共同経営についてこれを承諾したことは控訴人らの全立証によつてもこれを認めるには十分でない。かえつて原審証人八橋康平同谷口金二、当審証人浜田秋良の各証言によればトラヤの代表社員八橋康平が右共同経営についてこれを承諾した事実はなく、むしろ控訴人山県が無断で浅野と一階で喫茶店の共同経営をしていることに不満の意をもらしていたことが明らかである。またトラヤの支配人谷口金二が本件家屋の附属建物に居住していて家賃の取立に当りかつ控訴人ら主張のような賃料値上の要求をしたことは原審証人谷口金二の証言によつて明らかであるが、同人が共同経営の事実を知りながらあえて異議をいわなかつたことを証すべき積極的な証拠はなく、かえつて控訴人山県と浅野との共同経営は内部的には種々の関係があつて一見して明瞭のものではなかつたこと、控訴人山県が浅野に対して明渡等の訴訟を提起し、その第一審の判決があつた直後にトラヤにおいて控訴人の賃料不払とあわせて浅野に対する転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示をしていること弁論の全趣旨から明らかな本件においては前記事実のみによつて直ちにトラヤの暗黙の承諾があつたとするのは相当でない。この点の控訴人らの主張も採用できない。

すなわち原判決は相当であるから控訴人らの本件各控訴はいずれも理由のないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例